親が重い

が重い」と感じる。
そんなふうに思ってしまう自分に、罪悪感を持っている人は少なくないように思います。

親なのに。
育ててもらったのに。
心配してくれているのに。
大事に思ってくれているのに。

そう思えば思うほど、
「こんなふうに感じる私は冷たいのではないか」
「親不孝なのではないか」
と、自分を責めてしまうことがあります。

でも、親が重いと感じる気持ちは、それほど特別なものではありません。
そして、その気持ちに罪悪感を持つ必要もないのです。

親が重い、というのは、
親が悪い、ということとは少し違います。

親の期待が重い。
親の心配が重い。
親の価値観が重い。
親の「あなたのため」が重い。
親の存在そのものが、息苦しく感じられることがある。

そんなことは、実際にあります。

たとえば、親は応援しているつもりでも、
子どもにとっては「期待に応えなければならない」という圧になっていることがあります。

親は心配しているだけでも、
子どもにとっては「信じてもらえていない」と感じることがあります。

親はよかれと思って助言していても、
子どもにとっては「自分の人生にまで入ってこられる苦しさ」になることがあります。

しかも親子の関係は、簡単ではありません。
嫌いだから苦しい、というわけでもないのです。

むしろ、親を大切に思っている。
できれば傷つけたくない。
期待にも応えたい。
わかってあげたい。

そんな気持ちがあるからこそ、苦しくなることもあります。

親の言葉に敏感になってしまう。
親の機嫌に振り回される。
会ったあとにどっと疲れる。
電話がくるだけで少し身構える。
自分の選択なのに、どこかで親の顔色を見てしまう。

そういうことが積み重なると、
「親が重い」と感じるようになるのは、むしろ自然なことかもしれません。

それなのに、
「親なんだから大事にしないと」
「感謝しなければ」
「こんなことを思うなんてひどい」
と、自分の気持ちを押し込めてしまう人がいます。

けれど、自分の本当の気持ちをなかったことにしても、
苦しさは消えてくれません。
むしろ、見ないようにした分だけ、心の奥にたまっていくことがあります。

大切なのは、親を責めることではなく、
まずは自分がそう感じていることを認めてあげることです。

「私には重かったんだな」
「苦しかったんだな」
「ずっと気をつかってきたんだな」

そうやって、自分の気持ちに言葉を与えてあげること。
それは、わがままでも冷たさでもありません。
自分の心を大事にするために必要なことです。

親子だからこそ近すぎて、苦しくなることがあります。
愛情があるからこそ、重たく感じることもあります。
大切な相手だからこそ、距離が必要なこともあります。

「親が重い」と感じること。
それは、悪いことではありません。
その気持ちに罪悪感を持つ必要もありません。

まずは、自分がそう感じてきたことを、
静かに認めてあげていいのだと思います。

そこから少しずつ、自分にとって楽な距離や、
無理をしすぎない関わり方を見つけていけたらいいのではないでしょうか。

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